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読書感想文

|ノ゚ω゚|ノ 再び!


 というわけで読んだのだった。積んであった笙野頼子しゃんの『だいにっほん、おんたこめいわく史』をー。
 以下、感じたこと・思ったことをつらつらと。


 文章のリズム感とスピード感がすげい。所要時間一~二時間。休憩なしであっと言う間に読み終えました。フォントいじりも効果的。久しぶりに小説で声を上げて笑ってしまいました。ラスト一文のベタとも言える自虐&自嘲もそれまでの盛上げ方が卓越しているせいで理想的な笑いと脱力を生んでます。

 なんちゅーか、初期作品に比べて大幅にはっちゃけ度が上がった感じでグッド。弾けることの重要性をひしひしと痛感。やっぱあれですな、毒を吐く時は暗くなっちゃ駄目ね。被害者ぶった人間の暗い愚痴を聴くよりかは、開き直った加害者の明るい毒を聴く方が気持ち良さげ。まだまだ恨み言的な色は残っているけれど、ここまでくれば文章のリズムに乗れるのでした。

 ただ、自己解説的な後書きはどうかと思ったり思わなかったり。本人はこの小説を「わかりにくい・読みにくい」と思っているようなのだけれど、これ今の若い人にとってはむしろ「日常的なテーマ」だとゆー気がする。「見えない敵」なんかではけっしてなくて、少しでも世の中見てる&メタ視点持ってる子ならば、誰もが問題視しているものだと思ふ。むしろ初期作品の『なにもしてない』とか『居場所もなかった』で扱ってるテーマのほーが普遍性が低く、怨念も芸に昇華できておらず、せっかくのリズム感・スピード感を殺していた印象。いや、この辺は勿論読み手側の個人的な志向なり嗜好なりによるとは思うのだけれど。

 まあなんにせよ、五十代のおばさまがよくこれだけ現代の、ってかネット的、ってか2ちゃん的な文体や言い回し、ノリを吸収できたなー、と感心。アンテナ張り巡らせてますねー。伊達に引きこもり文学のパイオニアではないですな。滝本竜彦とはまた違った角度、方向、深さで切り拓いている様子。暗黒世界への開拓精神はもはや軽率な好奇心などではなく、苦しくても痛くても辛くてもそこに向かわざるを得ない業というものなのでしょう。某脂すまししゃん風に言うと。

 というわけで、二十代、三十代作家にありがちな「なんだかんだ言って奇麗に書きたがる潔癖症」を遥かに超越した露悪的かつ攻撃的な姿勢はまさにヒステリー。恨みや否定を自虐から解き放つごとに言葉は神託の領域へと近づいていくらしい。作中の比喩そのままに、彼女は巫女さんやね。穢れを持たないから、ではなくて、穢れ過ぎているからこそ神をおろせるタイプと解釈。
 ただ、個人的な怨恨が彼女の言葉から抜け落ちた時、果たしてそこに言葉を紡ぐ動機があるのだろうか? ってことがちょっと心配。もはや手垢べったりな言葉を用いれば、ルサンチマンという個人的な必然が失われた時、彼女はこれまでどおりパワフルな小説を書くことができるのかなー、と余計な心配。作中で本人もゆってたけれど。





 んー、佐藤亜紀しゃんの『小説のストラテジー』→笙野頼子しゃんの『だいにっほん、おんたこめいわく史』のコンボで、なんか色々と吹っ切れた様子。いや、なんか久しぶりに小説が楽しかったのでした。思わず感想文書きたくなるくらいに。





 ……批評? 何それ? 食べられるの? 美味しいの?
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